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補巻月光第60帖(848)
そなたは自分の力を人に見せようとしてゐるが、
無邪氣なものぢゃのう。
自分の力がかくせぬようでは、
頭に立つこと出来んぞ。
何も彼も出して了ったのでは味がなくなるぞ。
そなたはよく祈る。
祈ることは結構であるなれど、
祈るばかりでものごと成就せんぞ。
為すには先づ祈らねばならんが、
そなたはそなたの神にのみ祈ってゐるぞ。
為すのは己であるから、
己にゐのらねばならんぞ。
己に祈りた後、
己が為さねばならんぞ。
乳房与えられても自分で吸はねば自分の身にはつかぬ道理ぢゃ。
だが、
為したのみでは未だ足らんぞ。
時々は省みなければならんぞ。
そなたは形や口先ばかりでものを拝んでゐるが、
心と行と口と三つそろはねばならん。
三つ揃ふて拝むならば、
どんなものでも与へられるのぢゃ。
拝む所へ ものは集まってくる。
神も集まってくる。
足らぬものなくなるぞ。
余ることなくなって、
満たされるのが まことの富ぢゃ。
清富ぢゃ。
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