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補巻月光第54帖(842)

 頭を下げて見なされ、流れて来るぞ。頭も下げず低くならんでゐては流れては来ないぞ。神のめぐみは淡々とした水のようなものぞ。そなたは頭が高いぞ。天狗ぞ。その鼻まげて自分のにほひをかいで見るがよい。そなたは左に傾いてゐるぞ。左を見なければならんが、片よって歩いてはならんぞ。そなたは右を歩き乍ら、それを中道と思って御座るぞ。そなたは平面上を行ってゐるから、中道のつもりで、他に中行く道はないと信じてゐるが、それでは足らんのう。立体の道を早うさとりなされよ。【正中の大道】あるのであるぞ。左でもなく右でもなく、うれしうれしの道あるぞ。左も右も上も下も相対の結果の世界ぢゃ。原因の世界に入らねばならん。平面より見れば相対あるなれど、立体に入り更に複立体、複々立体、立立体の世界を知らねばならんぞ。相対では争ひぢゃ。いくさぢゃ。真の世界平和は今のやり方、考へ方では成就せんぞ。三千世界和平から出発せねばならんぞ。そなたは神示をよくよんでゐるが、それだけでは足らん神示を肚に入れねばならん。つけ焼刃ではならん。神示を血とし生活とすれば、何事も思ふ通りスラリスラリと面白い程 栄えて来るぞ思ふように運ばなかったら省みよ。己が己にだまされて、己のためのみに為してゐることに氣づかんのか。それが善であっても、己のためのみならば死し、善のための善ならば弥栄えるぞ。善にも外道の善あるぞ。心せよ。神示見て居らぬとびっくりが出てくるぞ。この世始まってないことが出てくるのぢゃ、世界の片はし八まべからぞ。判りたか。そなたは神体を偶像と申して御座るが、それはそなた自身が偶像なるが故であるぞ。礼拝を忘れ、祈りをわすれることは神をわすれることぢゃ。そなたの住む段階では、祈り畏こみ謹んで実践しなければならんぞ。拝まんでも拝んでゐる境地はなかなかぢゃなあ。そなたはわれが助かろうとするから助からんのぢゃ世界はこの世ばかりではないことを、よく得心して下されよ。我をすてて素直になされよ。三千年の秋が来てゐるのであるぞ。

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